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勇者たちの戦場

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 5月 4日(金)14時37分36秒
  2006年アーウィン・ウィンクラー監督。ジェシカ・ビールが美しすぎて、実際の兵士というよりも、プレイボーイのグラビアから飛び出してきたモデルに見えなくもない。軍服を着たマウンテンゴリラが出ていると思ったら、サミュエル・L・ジャクソンだったこともあり。イラク戦争後遺症にもがき苦しむそのゴリラ親父の息子が「モールで買ってきた」という、『BUCK FUSH』(くたばれ、ブッシュ)Tシャツが欲しくなった。戦争が身近にある国とそうでない国とでは、映画を含めたアートの出所の根本が、良くも悪くも全く違う次元だと感じる。戦争は無くとも、年間3万人が自殺する国には、その国なりのアートの出所がある。
 

毎日かあさん

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 5月 4日(金)14時35分7秒
編集済
  2011年小林聖太郎監督。やはり、若い頃よりも、くたびれた小泉今日子が魅力的だ。少し良い意味で疲れて適度に力が抜けていて、観ていて安心感がある。こちら側が疲れない。永瀬正敏が属する役者カテゴリーとしては、「狂気」だろう。アルコールというものは、一人の人間と、その周囲の人間の人生をぶっ壊してしまう危険性があるものだということについて、世の中においてあまりにも過小評価されているのではないかと、ずっと感じている。  

歩いても 歩いても

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 4月29日(日)22時33分35秒
  2008年是枝裕和監督。実家への帰省ということで、どこかの田舎町が舞台かとおもったら、京急沿線の坂が多く海の見える町だった。しかし京急のYRP野比駅てすごい名前だ。パチパチと揚げたとうもろこしのかき揚げがすごく美味しそう。甘さと香ばしさが漂ってくる。みょうがと枝豆の混ぜ寿司も食べたい。優しさと残酷さが混ぜ混ぜになっているのが日常なんだ。2年前の4月に記した感想を見直したら、やっぱり同じような事を考えていた一方、全然思いつかなかった事もかいてある。こういう作業はやや面白いかもしない。  

311

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 4月24日(火)23時28分19秒
  2012年共同監督:森達也、綿井健陽、松林要樹、安岡卓治。センセーショナルな宣伝文句の事前情報があったので、そういう内容だったら、がっかりだなと半信半疑だったが、実際はものすごく地味な映画で、ある意味安心した。頭の中に残っているのは、ガイガーカウンターの数値が勢いよく上がる『ピピピピ』と言う音であり、マイクが拾う『ゴォー』という風のノイズであった。遺体を撮影しようとして、遺族から木材を投げつけられるシーンよりも、それらの音が印象的だった。見渡す限り瓦礫しかない被災地を捉えた映像は、もちろんそれはそれで惹き付けられる物があるのだが、圧倒的な無の状態そしてそれはその場に立たなければ分からないだろうということが、伝わってきた。映像を見るだけでは決して分からない事が分かったような気がする。そこで実際に見て、風を感じて、匂いに想像力を傾けて、はじめて分かるのだろう。正直、行って見たいと思った。野次馬根性と言われようが。
 

クイックシルバー

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 4月23日(月)09時02分11秒
  1985年トーマス・マイケル・ドネリー監督。何もしていなくても神経質そうな雰囲気を醸し出すケヴィン・ベーコンがメッセンジャーとして、自由に交通ルール無視でニューヨークの街中を疾走するのが、違和感を持ちつつも、人間とはこういうものだとどこか納得してみたり。単なる職業ではなく、社会からはみ出した者たちによって構成された、メッセンジャーの文化的・コミュニティ的側面にスポットライトを当てている。小沢健二の『Buddy』のミュージックビデオと共に、観た後に(ママチャリではない)自転車に乗りたくなってしまう作品。
 

シコふんじゃった。

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 4月14日(土)23時24分50秒
  1992年周防正行監督。相撲の稽古をつける逞しい(not宅麻伸)柄本明のほか、モックンも竹中直人も良いが、放送前に山本監督も触れていた、何と言っても田口浩正だ。「ラリパッポ、ラリパッポー、オーラリパッ」でお馴染みだったお笑いコンビ・テンションの片割れ。個人的に好きなコンビだったが、いつの間にか消えていってしまった。お笑いから役者へ転向。ある時、相方が芋洗坂係長で表舞台に出てきたときはビビッた。初めて観た当時、映画というものは、笑いと涙と綺麗な女性(清水美沙)があれば、時間を忘れさせてくれるものだと教えてくれた初めての作品だったかもしれない。大学の相撲部なんつうマイナーすぎるテーマをここまで昇華させる技に単純に感動してしまう。女子大生の服装にバブルの残り香が感じられるのも趣き深い。  

決断の3時10分

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 4月14日(土)23時23分19秒
  1957年デルマー・デイヴィス監督。フランキー・レインによる主題歌『3:10 to Yuma』が素晴らしい。落ち着いた低音美声ボイスに哀愁が過剰に漂う。一対一の男の会話。強盗犯の方が優位に立っているように見えたが、そう単純なものではないことが、意外な結末に繋がっている。ある意味、負けるが勝ち的精神。クリスチャン・ベイル君(『太陽の帝国』の時の印象で君づけになってしまう)のリメイク版も観てみたい。
 

ロード・オブ・ウォー

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 4月 8日(日)07時18分29秒
  2005年アンドリュー・ニコル監督。ドラッグ・ディーラーと武器商人、似てるんだか全く違うんだかどちらとも言えないが、成り上がりからの孤独・絶望という意味で、トニー・モンタナ(アル・パチーノ)の物語を少し思い出す。というか、どんな映画を観ても、トニー・モンタナが頭を過ぎる事がある。ハリウッドのモト冬樹ことニコラス・ケイジの場合は、その孤独・絶望の先に、まだ何かを見ている。全てを失ってもなお、先に進まざるを得ない覚悟を持っている。それもまた依存症のようなものだろうか。後味が悪いようで、そう感じさせない。元々観るつもりは無かったが、冒頭の雰囲気にそそられ、そのまま早朝まで付き合って良かった。「子供でさえ扱える自動小銃AK47こそ大量破壊兵器」という言葉が印象的。  

アイランド

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 4月 8日(日)07時09分12秒
  2005年マイケル・ベイ監督。『ブラッド・ダイヤモンド』の熱血親父、ジャイモン・フンスーが良い味を出してくれている。言わずもがなでスティーブ・ブシェミの安心感、安定感そしてギョロ目。一瞬だが、『24』の影の主役・アーロン・ピアース(グレン・モーシャワー)が出てくるのが嬉しい。というか、調べてみたらグレン・モーシャワーは結構多くの映画に出ていた…。スカーレット・ヨハンソンのクローンなら、全財産を投げ打ってでも手に入れたいなどという気持ちは微塵も無い、と声を大にして訴えたいのである。次のボーナスをつぎ込んで、せめてあの唇だけでも…。嗚呼。いくらなんでも無理がありすぎだろというSF設定、エンディングに向けての強引なストーリー、それでも観賞後はお腹いっぱい満足。  

小沢健二コンサート“東京の街が奏でる”

 投稿者:bestoic  投稿日:2012年 4月 3日(火)19時53分6秒
  東京オペラシティでの12回公演の第4夜目。この種の公演は、初日か最終日以外は何か損だと思っていた。前回のツアーは初日の相模大野に奇跡的に行けたから尚更。いくつかの曲で小沢健二は「女の子~」とか「男の子~」とか、客席に呼びかけて歌わせようとした。自分が見る限り、この会場にはいわゆる“女の子”も“男の子”も一桁くらいしかいなかったはず。しかし、それにしては、歌詞がはっきりと聞き取れるほど、少し恥ずかしそうでいて、落ち着いた合唱がホールに響いた。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのmellowな音色と共に。小沢健二といえば“チャラついた軽薄な歌手”、“ダチョウ倶楽部のリーダーにモノマネされる人”というイメージが自分の中で残っていた。97年に『ある光』を聴くまでは。やっと、15年越しで、生でフルバージョンが聴けた。それでもまだ、初日か最終日以外は何か損だと思っていた。最後の最後に、第4夜ゲストのハナレグミと小沢健二による『いちょう並木のセレナーデ』が披露されるまでは。  

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